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内なる裁判

うまく言えないのですが、私の中には「裁判」があります。
私と、弁護側と、検察側。
法廷では、私が生きていてよいのか、常に問われ続けています。
私を肯定する側、否定する側。
否定する側の検察の主張が優勢の時、私は「死ね」という圧力に気おされてリストカットをしたくなったり(しちゃったり。数年前は実際してたけどこの頃は実行はせずに済んでいる)、死にたくなったり、「殺せ」とか「死ね」とか幻聴があったり。
肯定する弁護側が優勢なとき、自然は美しく、世界は愛おしく、愛する人たちがいて、人としての幸せを感謝する。つまり「生きろ」というメッセージが来る。
では裁判官は、と言えば、これはもう私ではなくて、神様や仏様のレベルでしょう。人が生きることを裁くのには何か私という個人を超えた、命そのものに宿っている、一にして全の無垢な存在があると思うのです。
そしてどうして「原告」「被告」の民事裁判ではなくて刑事裁判なのかといえば、人間には「原罪」というものがあるからです。「煩悩」「ケガレ」と言い換えてもいい。
この裁判には終わりがなくって、私が死ぬまで続くのだと思います。私の自己否定が強いのはやっぱり親の虐待があったという要因が大きいとは思いますが、人間は誰でも自分の中に「検察」を持っていて、「弁護」と上手くバランスをとって生きているのでしょう。
そして葛藤が続く中、少しずつ「私」が良くも悪くも磨かれていき、いつか最期の時を迎える。たったひとりで死んでいく。私には特に信仰している宗教はありませんが、死んだら終わり、とは思わない。何かが迎えてくれるという感じがする。ちゃんと世界を愛していれば、必ず私の死を受け取ってくれる何かがある。
…こんなことをつらつら考えています。暇だからね。
あと、今日「高山辰雄遺作展」をもう一度見に行ったからかな。
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ああまたしても

またまた早朝覚醒してしまいました。
4時に目覚めてしまって、眠れない。
しんしんとした秋の夜明けに一人目覚めてしまう私。
毎朝6時過ぎに朝ごはんを食べるので、それまでの時間つぶしに途方に暮れてしまう私。
ちなみに朝ごはんの支度は同居人Sさんの分も合わせて私がします。
でも昨日は12時には寝てたのでそれほど体調が悪くないです。
4時間しか寝てないけどね!
どうしてこう、長時間(っていっても7、8時間くらいとか)眠れなくなっちゃったんだろうなあ。
睡眠薬もたくさん飲んでいるのに。
病気の症状の一つでしょうか。
それとも薬が切れてしまうとか。
たっぷりとした良質の睡眠、これが病気の回復にとても重要なファクターなのですが。
仕方ないから「高山辰雄遺作展」のカタログを眺めてみたり。
日曜日に近所の練馬美術館で開催されていたのを観にいったのです。これがよかった。
疲れるので1時間くらいしか観られなかったけれども、とてもよかったのです。
絵もいいけど、絵についての画家の語りがぐぐいっと引き込まれるようで、そうだな私も若いころはこんなことを一生懸命考えていたなあ、と初心にかえる展示会でした。
自分は何かに生かされてる、とかね。
11月3日までやっているので、もう一度観に行こうと思っています。
この遺作展については、そのうちブログに書いてみようと思っています。
ああ。それにしてもぐっすり眠りたい。
とりとめのない話ですみません。

ばらばら

また早期覚醒してしまいました。
12時に寝て、2時半に目覚めてしまい、もう眠れません。
どうして起きちゃうんだろう。
やっぱり脳の病気だから、脳のコンディションが悪いのかもしれません。
昨日はコンディションも悪かったし。
何というか、自分がばらばらになってしまった感じがしました。
萩尾望都の「メッシュ」の「春の骨」で、主人公のメッシュが人を殺したと勘違いして、クラッシックの音楽を聴いて頭にのこぎりをかけられちゃうイメージのシーンがありましたが、ちょっと感じが似ている。
頭だけでなく、全身が(脳も含めて)のこぎりで解体されてしまうような苦痛がありました。
ばらばら、ばらばら。
私が壊れていく。
それに過食してしまって、激しく後悔しました。
11月8日に研究会があるのですが、こんなことでは出られそうにありません。10月22日の講義も行けなかったし。でも研究会行きたい。たとえ何も理解できなくても研究の場に参加したい。
私はもうダメなんでしょうか。
そんなことはない、少しずつでも回復している、と、自分に言い聞かせるのにも疲れてしまいました。
どうしてこんな病気になってしまったんだろう。
経済的にも全然自立できていないし、最近目立って馬鹿になってしまって、本も読めないし知識はなくなるし漢字は書けないし。
…悲しい。

ひとり死を思う

朝ごはんを食べて、また寝て、お昼ご飯を食べる時間に起きて、お昼にして、というのがこのところの日課なのですが(本当は午前中寝てしまうのは良くないらしい)、今日は昼に起きだしたところで調子が悪く、半覚醒状態から意識がはっきりしてくると、まず「死にたい」と思いました。
死にたい。
死にたい。
死にたい。
以前このブログで自殺を思った事を書きましたが、そのときと今日の場合とはちょっと違う。遺書の文面を考えるとか、どうやって死ぬかを考えるとか、そういうたぐいの「死にたい」ではなくて、自分という存在を抹消したくなったのです。
消しゴムでごしごしこすって、自分を消してしまいたい。
存在の薄さ。
耐えがたい寂しさ。
一人部屋で寝ていることしかできなくて、もうこんな存在はいやだ、消えてしまった方がいいんだ。そういう気がしてならない。
それでもお昼ごはんを食べて、接骨院に行って、ついでに一駅分往復のウォーキングをやって、夕御飯を食べて、テレビをつけて。
でも、だめでした。
死にたい。
「殺せ」「死ね」という声が心の中に聞こえてくる。
同居人Sさんは残業で帰ってこない。
どうにも堪らなくなって、弟に電話しました。
そうしたら少し元気が出た。
雑談しただけなのですが、自分を肯定してくれる他者がいる、というのがツボでした。
ありがとう弟よ。
その後お風呂に入って、同居人Sさんが帰ってきたのは結局午前様でした。
みんな頑張っているんだね。
ファイト、自分。

パニック発作

出かけ先でパニック発作を起こしてしまいました。
口琴フェステバルというライブがあって、同居人Sさんが好きな知久さんが出るというので誘われて出かけたのです。13日の夜のことでした。
その日はコンディションがあまり良くなくて、どうしようか迷っていたのですが、連休中寝てばかりで外に出なかったので、気晴らしになるかと思ったのです。
まず、池袋のドトールで晩御飯を食べてる時に手が震えだして、薬の副作用が出たので先行き心配だったのですが、今更「行けない」というのも何だかなと思い、まあ大丈夫だろうと渋谷まで行きました。相変わらずの混み混みの渋谷の街を歩いていると、具合が悪くて歩くのもしんどい状態になり、判断力も鈍って休むだの帰るだの考えられなくなり、会場にフラフラしながら辿り着きました。
どうにも具合が悪かったのですが、ここで「帰る」とはさすがにSさんに悪いと思い、お金を払って会場に入りました。ちょうど知久さんの前の人の出番で、演奏が始まったのですが、やかましいやら人ごみやらに耐えられなくなり、パニックになってもういられない、深刻に状態が悪くなって右も左もわからず、Sさんに「ここはだめだ」と言ってライブ会場の入り口から出て階段の踊り場にしゃがみこんでしまいました。
吐き気はするし頭はぐらぐらだし、何よりも精神的にパニックがひどくて「もうだめ」状態。怖くて怖くてたまらない、いつもの発作より3倍くらい悪くてこんなに悪くなるのは初めてでした。
知久さんの出番まで30分あったのですが、時間の進むことが遅くて、苦しくて、この先どうしたらよいのかわからない。どうしようどうしようやっぱり帰ればよかった、と自分を呪いました。
そこで粉デパスという即効性のある安定剤を飲んで、震えながら耐えていると、薬が効いてきて少し楽になりました。そこで知久さんの出番が来たのでライブ会場に入りました。
立っていられないので椅子席の後ろでしゃがみこんでいると、ちょうど人の頭の合間に知久さんが見えて、演奏が始まりました。
すると不思議なことに、口琴の演奏や歌に癒される感じがして、30分間、耐えることができました。本当に不思議でした。
それでも、知久さんが終わったので「もう帰ってもいい?」とSさんに頼んでその後の人の演奏は聞くことなく帰途につきました。Sさんは、他の人の演奏も聞きたかったようなのですが、私の具合の悪さに同情して諦めてくれました。知久さんの30分の演奏に3800円も払ったことになりました。高過ぎ。でも私にはそれが精一杯でした。
帰りは行きほど悪くはなくて、するする帰ってこれたのですが、家に着いた時の安心感はそれは大きなものでした。同時に、ひとりで外出することが怖くなりました。今でも怖いです。
Sさんには悪いことをしました。「いいよ」と言ってくれたのですが。
自分はまだまだ病気なのだと事実を突き付けられた感じがしました。悲しいです。怖いです。
早く良くなってほしいです。

サボっちゃった

今日の講義を、サボってしまいました。
どうにもやる気が出なくて、学校に行く気になれなくって、出かける時間になっても布団の中でじっとして時計を眺めていました。
最近何かもう、自分が回復して研究を再開できる気がしなくって、落ち込み気味です。
一度落ち込み始めるときりがなくって、自分がだめだめになってしまいます。
こういう時には仕方ないから布団かぶって寝ていることにしています。
ダメだと思うのは、病気の症状だから、本当はダメじゃないんだ、と自分に言い聞かせて寝る。
これも闘病の一種でしょう。
それにしても、心の病気は、目に見えないから厄介です。何かに挫折すると、病気のせいではなくて、自分が怠けているせいでは、と思ってしまいます。
典型的な鬱の発想です。
あーあ。
ちゃんと薬飲んでるのになあ。
良くならないなあ。
いや、目に見えないだけで、本当は少しずつ良くなっているんだ。
今日は低気圧のせいで、調子を崩してしまっただけなんだ。
そう思うことにしました。やれやれ。

世界は美しい

 木が好きです。19、20才の頃、自殺未遂の前後、私はとても孤独だったので公園の木が友達でした。木には木の言葉がある、としみじみしたのもこの頃です。それは人間のしゃべる言葉ではなくて、枝ぶりや葉の色、風のそよぐざわめき、それらが一つ一つが個性で語りかけてくる。生きろ、と。
 幹に手を当てると、エネルギーを感じる。しびれるようなその感覚に癒されました。あまりに人間から遠く、植物ばかり見ていたので、鉢植えの花のオーラを見たりすることができました。これは私もびっくりしたのですが、花や葉から白い生命エネルギーが煙のようにさかんに立ち昇っていました。
 芥川龍之介が晩年に、自然がとても美しく見えたとか、アウシュビッツでユダヤ人たちが、夕陽を見て何と世界は美しいのだと思ったとか、死に近い極限状態の者には、恐ろしいほど自然が美しく見えるようです。私もそういう者の一人だったのでしょう。
 大学生になってからは、やはり自然が好きで、木も水も月も花も光も好きで、当時入っていたマン研で、好きなキャラに「この世界は美しすぎて嫌だ」などと言わせてみたりしました。これはちょっと恥ずかしいですね。でも四季折々の美しさを感じることを大事にしていました。
 でも会社に入ったら、私はすっかりこちら側の人間の世界の住人になって、感受性が鈍り、木は木だとしか思わなくなりました。
 退社して大学院に入った頃は、心に暇があったのでしょう、世界は美しかったです。キャンパスにある池のある庭が好きで、よく眺めていました。風が吹く、水面一面ににさざ波が立つ、木々がざわめく。何と素晴らしいのでしょう。風が、目に見え耳に聞こえるのを体感しました。
 統合失調症になってからは、何事にも感動しなくなってしまい、木が語りかけてきてもあまり何も感じなくなりました。悲しいことです。
 この病は、何につけ、生きている意味を失います。何もする気にならなかったり、それで本当に何もしなかったり、苦しくてそれだけで精一杯だったり。自然にせよ、音楽にせよ、さまざまな舞台にせよ、何も感じなくなったり。
 いつかまた、自然は美しい、と思えるようになりたいものです。感受性を取り戻して、それに音楽や舞台も楽しめるようになりたいです。

早朝覚醒

はたまた早朝覚醒してしまいました。4時間しか寝ていません。どうしてかな。やっぱり病気だから?それで昼に寝てしまいます。統合失調失調症の一番の薬は夜たっぷり寝ること。特に、ノンレム睡眠をとることなのですが、なかなかうまくいきません。起きて昼間は苦しくなるし、もう、闘病です。闘病。戦いです。
夜にぐっすりと眠りたいよ~~~(泣)
プロフィール

一葉

Author:一葉
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